20年後の廃線跡は2012年01月24日 18時56分38秒


以前にも同じような記事を書いたことがあるが(と今確認してみたら、偶然にも6年前の同じ1月24日の記事でびっくり)1992年の冬、突然僕は鉄道の廃線跡歩きにはまってしまったのだった。

当時は今と違って廃線跡歩きのための本なども少なくて、図書館で昔の地図を調べたりしてルートを調べなくてはならず、結構大変だったのだが、それが楽しかったとも言える。
あれから二十年、恐らく当時とは僕の歩いた廃線跡の様相もかなり変わってしまっただろうと思う。上の写真は京都の狛田にあった陸軍の弾薬輸送鉄道跡だが、果たしてまだ残っているだろうか。また見に行ってみたい気もする。

しかしあれは、本当に寒い冬だった。

そして、軍艦島2011年07月22日 20時35分18秒







子供の時からずっと興味のあったあの軍艦島、今回ついに訪れることが出来ました。台風の接近で危ぶんでいた上陸も難なく果たすことが出来て、これ以上の満足はありません。天気が良すぎるくらいで、上陸中はものすごく暑かったですが(何せ陽を遮る物が何もなく、人工の地面はコンクリートで固められているので)、そんなことどうでも良くなるくらいに夢中になりました。

かつて五千人もの人間が暮らしたその海上都市が、無人になった今も当時の姿をとどめているというそのものすごさは胸に迫る物があり、船から全景を眺めつつ目頭が熱くなりました。これは何としてでも世界遺産にする価値があると思います。

昔、軍艦島をモデルに短編を書いたことがあります。今の僕から見ると、どうにもならない出来ではあるのですが、あれを何とか形にしたいという気持ちはずっとあり、今回はそのための取材という意図もありました。現地を実際に目にして、いつか必ず書き上げようという気持ちが固まりました。モチベーションという面から見ても、非常に有意義な訪問でした。

堅田のランドマーク2008年12月29日 14時21分45秒

(DP1作例、クリックで拡大します)

琵琶湖大橋のほとりにある「イーゴス」は、かつて世界一の高さを誇った観覧車。僕も昔、二回乗ったことがあるが、来場者の減少で数年前に休業。今でも取り壊されずに残っており、非常に目立つ廃墟となっている。イーゴスが近づいてくると、堅田に着いたことが分かる。

愛宕山鋼索線2008年11月08日 21時13分26秒

今週末は、今日も明日も秋晴れは期待できないらしい。この前の連休も、結局は愛宕山に登った土曜だけが快晴だったし、これではどうも元気が出ないね。

愛宕神社に登るついでに、山頂に残っているという戦前のケーブルカーの駅跡も見たいと思っていたのだが、時間があまりなくなってしまい、場所も良く分からないので今回は諦めることになった。このケーブルカーは清滝側にも、はっきりと遺構が残っていて、なかなか貴重なものとなっている(写真)。もっとも、由来を知らなければ、なんか妙な階段だなと思いながら登っていってしまうかもしれないが。

消えた鉄道2008年09月27日 22時35分41秒

そして、一週間が過ぎた。一時は一眼レフを床に落としてしまった(幸い、レンズの保護フィルターが粉々になっただけで済んだ・・と思う)くらい調子がおかしくなっていたのだが、ようやく落ち着いたようだ。

本格的に遠出するような気分にもならなかったので、三木鉄道の跡を見に行くことにした。今年の4月に廃止になった鉄道で、一年半くらい前に一度だけ乗ったことがあった。さすがにまだ廃止から間もないので、駅も線路もそのままだった(駅構内の機器に、ランプが灯ってさえいた)が、いずれ跡形もなく消え去るのだろう。

本を読んでない2008年04月16日 22時52分52秒

最近いよいよ良くないなと思うのが、本をろくに読んでいないことである。そうなると、ここに書く文章程度でも段々がたがたになってくるのだ。なので今月に入ってから、意識して読書するようにし始めたのだが、新しい本を読む気力がなかなか出ないので、読み慣れたものばかりになってしまう。(今日は読みやすそうな柴崎友香の小説を買ってきたが。)

そんなわけで、「バルタサール」や「鏡の影」など佐藤亜紀の小説を続けてまた読み返していたのだが(果たして何度目だろう)、やっぱり素晴らしいのである。「ミノタウロス」が「本の雑誌」が選ぶ2007年のベスト1になったらしく、普通に書店で見かけるようになったのが嬉しい。「天使」が出たときは、探し回ったもんなあ・・。
(頭働いてないので、写真は何の関係もなく、福知山線旧線)

福知山線旧線跡2008年04月13日 22時46分52秒

福知山線に乗って、武田尾駅で降りた。ここは駅のほとんどがトンネル内にあることで有名な駅だ。この武田尾駅の近くに、福知山線の旧線跡が残っていて、ハイキングコースとして賑わっている。恐らく関西では最も有名な廃線跡だろう。整備されすぎておらず、良い雰囲気だ。

駅のあった場所(2)2007年06月07日 21時36分38秒

失われたものにこだわり続けて、またしても廃線シリーズ。京都と大津を結ぶ、京阪京津線の旧御陵駅です。京津線の山科までの地下化で廃線になったものです。写真の屋根は、当時のものではないのですが、ひと目で昔駅があったという感じが伝わってきて、良いですね。こういう残し方は好きです。

駅のあった場所2007年05月28日 21時58分28秒

昨日の続き。山陽電鉄との乗り換え駅だった、「高砂北口」駅の跡。駐輪所になっているところにホームがあったそうで、いかにも町なからしいせせこましい駅だったようです。左の建物は線路に沿って並んでいたわけですが、今もその面影を残したまま。十五年前に撮った写真と見比べても、全く変わらない風景なのは驚きです。

空白の線路2007年05月27日 21時55分08秒

鉄道を失った町について書く参考にしようと、兵庫県の高砂に行って来ました。国鉄高砂線が廃止された跡が、市街地の真ん中に空白となって(公園や、遊歩道)そのまま残っているという町で、訪れるのは廃線跡歩きをしていた頃以来、十五年ぶり。

当時と、全くと言っていいほど変わっていない印象で、かつての「駅前」商店街の古び方まで、当時と同じように思えました。あの時は、「これからこの商店街はどうなるんだろう」と思ったものですが、案外したたかで良かった。まあ、実は高砂には準大手私鉄の山陽電鉄も通っていて、大阪梅田まで直通の特急が走ってたりするので、そんなに深刻でもないのでしょう。各地には深刻な町も沢山あるわけですが・・