3.11―1年後2012年03月11日 20時51分08秒



あの日から、早くも1年の月日が流れた。
しかし今でもあの時の映像を見ると、あの日の衝撃がありありとよみがえってくる。この記憶は、阪神大震災の記憶と共に、薄れることのないままずっと残るだろう。

予想していたとおり、復興はまだまだ進んでいない。この国自体が、長く続くだろう衰退の時代に入ろうとしている今、我々は被災地の方々と共に、まだまだ様々な苦難に堪え忍んでいかなければならないだろう。 ひたすら続く地道な努力の向こう側にしか、明日は訪れない。一足飛びに全てが解決する、などという幻想に逃げてはならないのだ。

胸の傷が痛んでも2012年03月09日 22時19分06秒


アンパンマンのマーチ」、この歌が実は名曲であることを改めて気付かされたのは、バニラダヌキさんの「ゆうこちゃんと星ねこさん」第一巻を初めて読んだ時のことだったが、震災の被災地の方々にとっても、ラジオで繰り返し流されたこの歌は随分励ましになったようだ。
震災後に東北を旅行した時にも、電車の中でこの歌を何度も聴いたのを覚えている。
間もなく、一年。

そうだ うれしいんだ
生きる よろこび 
たとえ 胸の傷が いたんでも

荒浜にて、オート110で2011年07月08日 20時26分15秒



仙台派遣の際に撮った110フィルムの現像が、ようやく上がってきた。写真屋では「ポケットフィルムですか!?」と驚かれ、さらには現像に二週間待ちとなったわけだが、この仕上がりを待つ間というのも悪くはない。

写真は、また仙台市荒浜地区の被災地だが、新しいデジカメのシャープで鮮明な写りとは全く異なる、粒状感を残した110フィルムの写りには、また別種のリアルな手触りが感じられる気がする。
少なくとも、これは現地で光学的に写し取った風景を化学的に転写した画像であって、電気信号として記録されたデジカメの写真とは全く違うものだ。この写真が手の中にあるということは、僕がその地に立ったという一つの証明であるようにも思えるのだ。

間もなくカメラとしての役割を終えようとしているオート110を、このような場面で活躍させることができて良かったなと思う。

ミッションコンプリート/荒浜22011年06月17日 20時57分04秒









新幹線に揺られること約五時間、無事に京都へ帰ってきました。それにしても、東北新幹線の扱いの悪さというか、あの席の狭さは不思議ですね。「のぞみ」に乗り換えて、足を伸ばしてほっとしました。

相当に気負い込んで出かけただけに、何か虚脱状態とでもいうか、不思議な気の抜け方をしています。当たり前ですが、京都は何も変わってなくて、それもまた不思議に思えたり。
荒浜の写真を、再度何枚か載せておきます。

大都会の夜2011年06月16日 20時47分38秒

五泊もするのか、長いなあと思っていた仙台派遣も、あっという間に最後の夜。なんだか名残惜しく、部屋に帰る気にもならずにアエルのスタバでなごみ中。

仙台はやはり大都会でしたが、町のサイズは人の感覚でつかみやすい、ちょうど良い大きさだと思います。東京や大阪みたいに、どこまでもひたすら都会でわけが分からなくなる、という非人間的な町では無いように思いました。派遣の前任者は、京都出身なのに東北大学に進んだという若手でしたが、良い学生生活が送れたのではないでしょうか。

肝心の仕事は、山積みの書類を地道に処理するような、何とも地味なもので、格好良くも勇ましくもありませんでした。しかし、この地道さの向こうにこそ、復興という目的地があるのだと思います。少なくとも、僕が作ったリストに載った人の中には、そのおかげで命が助かる人もいるかもしれません。自分では、十分納得の行く仕事が出来たと思っています。

荒浜にて2011年06月13日 20時47分48秒

というわけで、昨日から仙台に来ています。
今日は仕事の後、現地の社員さんにお願いして、荒浜地区を案内してもらいました。ニュースで見られた方も多いと思いますが、津波で集落が丸ごと流された場所です。
そこは、かつて町があったとは信じられないような、ただ荒れ地が広がるだけの場所でした。家々は、土台だけがその名残を留めている状態です。

その後、玉里千尋さんにも名前を挙げていただいていた「利久」をやはり薦められて、駅前の商店街にある店で牛タンを食べに行きました。大変美味しかったのですが、にぎわう大都会仙台と、先ほどの光景とのギャップがあまりにありすぎて、混乱せずにはいられなかったのでした。

防災服2011年06月10日 21時19分51秒


被災地入りに向けて、例の防災服という奴が貸与された。こういうのを着るのは実は生まれて初めてなのであるが、気分が変わるように思う。
勤務地は、若林区に決まった。と言っても比較的内陸寄りの場所なので、津波の被災地を直接見る機会は無いと思うが、しかし被災者の皆さんとは沢山お会いすることになるだろう。

森の都で一週間2011年05月27日 21時40分44秒


震災でダメージを受けている仙台市の同業者から、専門知識のある人間の派遣要請があった、ということで社内で公募があり、ちょうど僕の専門としているジャンルも対象となっていたので応募してみたところ、来月中旬の一週間派遣されることが決まった。
勤務地は仙台の都心部で、瓦礫を背負って運ぶ、とかいう話だと若い人たちと違って正直あんまり役に立てそうもないが、専門知識を活用しての業務支援なら、一万五千の社員を代表して行くだけの自信はある。次々と交替で派遣される中の一人で、たった一週間のことではあるが、戦力になって来ようと思う。
(写真は内容と関係ないが、どこかの和む猫)

救いようのない市役所2011年04月19日 21時01分56秒


つくば市役所の職員が、福島からの転入者に対して放射線検査の証明を求めていたことが判明して、問題になっている。正直なところ、一般国民の中に「放射能はうつる」とか言い出す無知蒙昧な人が出てくるのは、全国民の知的水準を一定以上に保つなどと言うことが不可能な以上、仕方ないことだと思う。
しかし、その国民を啓蒙するべき側に立つ市職員が、自らこんな行動を取るとは言語道断である。役所がこんなことをすれば、「市役所がああいうことをしてるんだから、福島の住民に近づいたら危険なんだ」という馬鹿な偏見が著しく助長されてしまうではないか。
残念ながら、地方の役人の中には、知能低劣な人間が混じっているのだと言わざるを得ない。こんな職員は、業務遂行能力がないのだから、即刻分限免職処分とすべきだ。

大体、放射能の件では海外マスコミも含めて騒ぎすぎで、プルトニウムだろうがセシウムだろうが、かつての冷戦時代に大気中で水爆実験が盛んに行われていた頃には、十年も二十年も恒常的に世界中の空気中に花粉並みに飛び散っていたのである。中国辺りが福島の放射能で騒ぐのは何とも馬鹿馬鹿しく、自国の出来の悪い水爆が大量にばらまいた放射能のほうがはるかに多く残留しているだろう。
もちろん、福島第一の近くに体一つで直接行けば危険だろうが、それ以外の地域の放射能など、東京だろうが九州だろうが人体への影響で言えば今のところ差はゼロに等しいだろう。放射能だらけだった水を飲んで育った1960年代育ちがみんなすでにガンで死に絶えた、というのなら話は別だが。問題は、この状況が今後何十年も続いたらどうなるのかということにある。長期間の蓄積が続けば、また話は変わるからだ。福島第一が一刻も早く安定に向かってくれることを願わずにはいられない。

殺伐とした話ばっかりであれなので、ちょっと別な話題を。京都市が、被災者のペットを一時的に預かってくれる「ホストファミリー」の募集を開始しました。(基本は市内在住者対象です)
残念ながらうちはマンションだし、日中は誰もいないのでまともに世話もできないのでペットの預かりはできないのだけど、もし預かることができる条件にある方がおられるならぜひ応募していただきたいと思います。前にも書きましたが、どうも被災ペットたちが気になってしょうがないので。
しかし、不思議なことに(というとまた語弊もあるだろうけど)今回の被災者支援については、京都市の動きは全般に非常に早いですね。ここまでやってる自治体は、まだほとんどないと思います。

県庁を批判する2011年04月16日 22時35分30秒


事実上の出身地ということもあって、敢えて厳しい言い方をするのだが、先日再選された某N県の知事のことである。
関西の他県が関西広域連合に参加し、今回の震災に際しても即座に各府県の分担を決めて支援体制に入ったのに対して、このN県の知事はあくまで広域連合参加を拒否し、協力しようとしない。それでも独自の支援はしているのだろうと思って県のホームページを確認したが、県庁職員の派遣人数は何と数名にとどまっている。多ければ良い、というものでもないかも知れないが、例えば京都市役所の職員派遣人数は今日現在で計932人である。奈良市役所だって、122人も派遣しているのだ。いくらなんでもやる気がなさ過ぎる。

他にもこの知事は、「関西は活気を保って復興の支援を」という大阪府知事の呼びかけにも「関西だけ元気なんてのは、火事場泥棒のようなもの」という訳の分からないコメントを出すなど、おかしな言動が目立つ。同じ官僚出身知事でも、兵庫も京都も和歌山も、良識的でまともな人物なのに。

N県の住民も、被災地支援に協力したいという気持ちには代わりはない。ならば、こんな人が果たしてトップとしてふさわしいのか、良く考えてもらいたかった。今からでも遅くないから、せめて広域連合加入へ方針転換するべく、県庁に圧力をかけてもらいたいと思う。