Let's go to the beach2016年07月02日 21時54分16秒






今日は最高気温が35度近くまで上がったようで、いかに夏が好きとはいえ急にこんな気温になってしまうとさすがに体がついていかない。
で、梅田に出かけたついでに、桜ノ宮の辺りにあるというビーチみたいな場所というのを見てこようと思って、ちょっと寄り道。多少涼しいかもという期待もあった。写真で見ると、那覇の「波の上ビーチ」っぽくも見えないこともない(かなり苦しいが)。

正式には「ふれあいの水辺」というその場所は、大川の水辺に作られた人工のビーチ、らしいのだが、まあ川辺に砂がありますなとでも言った感じで、ビーチに見えるかどうかはぎりぎりのところ。当たり前だが、那覇と比べてはいけない。砂浜なので太陽の反射はきつく、ただの町なかなので一つも涼しくはないが、子供は喜んで水遊びをしていた。寝転がって体を焼いている海パンのおじさんもいたが、シャワーも何もないから後が大変そうだ。よっぽど家から近いのだろう。

ただ、わざわざ大阪まで行って見に行く場所ではないが、もしこれが近所にあれば、散歩のついでに立ち寄るには良さそうだ。伏見港に作ってもらえないかな。

伊勢は伊勢でも/いわくつきの峠2016年07月04日 20時14分25秒








昨日の夜から、某うらみち管理人が出張で和歌山の新宮まで行くことになり、それなら途中の伊勢方面までドライブにでも行こうかということになった。
まずは津に向かい、津ぎょうざというの(直径15センチの皮を使うという、巨大揚げぎょうざ)を食べたが、さてそこからどうしようかということに。そもそも、津も松阪も何度も出かけていて、特に目新しい行き先というものはない。

そこで、一つ名松線の終点である伊勢奥津まで行って、その近くにある多気宿の町並みでも見に行こうかという話になった。一応、津市美杉町だが、要するに最近までは美杉村だったわけで、伊勢は伊勢でも相当な山の中である。津の市街地からは50キロ近くある。
ずっと名松線に沿って車を走らせたが、この道はなかなか快適で、天気も良かったので(良すぎて、気温がすごいことになっていたが)夏のドライブの感じを楽しめた。

で、奥津と多気宿の町並み(ちょうどアジサイが満開で、非常に美しい宿場であった)を歩き、その近くにある北畠氏館跡というのを見学して、さあ帰ろうかということになったが、うらみち管理人としては松阪に出て、そこから新宮へ向かいたいらしい。
ところが、美杉から松阪までの国道368号には酷道マニアにも有名な仁柿峠という難区間がある。大型車通行禁止、乗用車でも行き違いに苦労するという難所で、十数年前の夜中に逆方向の松阪から奈良方面へとここを走ってえらい目にあったことがある。家に着いて、疲れ果てて寝込んでしまったほどだった。(このときは、途中で峠集落という廃村も見つけて、夜だけにかなり恐ろしかった)

酷道を走らされるのは毎度のことだが、そういう経験があるのでここを走るのは気が進まず、どうしても松阪に出たいらしいうらみち管理人にバトンタッチした。最初は余裕をかましていたうらみちすとだが、さすが名だたる酷道だけに途中からは必死だった。もっとも、今回は明るい昼間だし、何せあれから十数年こんな道ばかりをドライブしてきたこともあって、超難所とまでは思えなかったが。
結局、5時半発の新宮行に間に合わず、ファミレスで早めの夕食を取った後、7時前の新宮行鈍行でうらみち管理人は旅立って行った。松阪からでも4時間近くかかったというから、友よ、新宮はあまりに遠い。

夏の星座2016年07月07日 20時30分12秒



今年は星が見えてるが、意外と珍しい気がする。








スキマスイッチ版もいいね。この音源だけ買えないものか。

町並み写真館「登米」2016年07月10日 16時24分58秒



まちなみ街道の町並み写真館に宮城県の「登米」を掲載。
「みやぎの明治村」として近年特に、観光地として人気の出てきた町ですが、この立派な小学校の建物を見るだけでも訪れる価値があると思いました。
以前は東北が空白だらけだったまちなみ街道ですが、この数年でかなり東北地方の町並みを掲載することができました。岩手・山形がまだ全くの空白区ですが、今年は山形に行く予定が決まったので、また少し空白を埋めることができそうです。

月と月鉾2016年07月16日 21時32分37秒



例年と同じく、昨日も仕事帰りに祇園祭の前祭宵々山をちょっとうろうろ。
月鉾の写真を撮ったら、ビルの合間に月が見えました。
来週は旅行なので、後祭も宵々山を少し見に行く予定です。

しかしふと思うと、RX100も使い始めて丸四年。完全に常用のメイン機として、こんなにも活躍したカメラは他にありません。結局、買い替える気にもならないままで、さてどこまで壊れずにもってくれるかな。



山鉾巡行(前祭)20162016年07月17日 20時55分48秒



日曜日の山鉾巡行と言うことで、かなり久しぶりにまともに見に行ってきました。
まあ、そんな長時間見なくてもいいかと思ってたのですが、鉾町に入り込んでしまうとなかなか簡単には脱出できず、結局船鉾と一緒に新町をずっと南下することに。狭い通りを巨大な山や鉾が進んでいくのを間近で見るのは、大変な迫力です。
それから四条烏丸に出ようとして、今度は菊水鉾が四条通りから室町へと入る一大スペクタクルシーンにぶつかってしまって身動き取れず、上手い具合に最後の手締めまで付き合うことになりましたが、あれいいんですよねえ、いつも感動します。あれをやらないと、巡行を見た気がしない。

ちょうど十年前の記事見ると、南観音山の三本締めに付き合ってますが、これがまともに巡行見た最初だったと思います。今では、南観音山の巡行は来週の後祭のほうになりました。


(元祖船鉾)

(何度も切り返しながら、四条から室町通りへ入ろうとする菊水鉾)

夏の旅行、今年も2016年07月22日 21時31分09秒



去年の12月以来、という結構な久々に近畿圏を出て(三重も一応近畿なので)、明日・明後日といつものメンバーで東京方面に旅行に行ってきます。
前回数年前に都内に泊まったのは、泊まったと言っても青梅の近くだったかのキャンプ場だったので、都内のホテルに宿泊するのは恐らく20歳の頃以来。
某中心市街地から至近の、立地の良いホテルのようなので、夜の街歩きも楽しみです。

メトロポリスの片隅で2016年07月23日 22時09分07秒



というわけで、今日は東京都内の元町地区泊。
町の中心からすぐ近くの温泉ホテルに宿を取ったので、同行メンバーと一緒に夜の市街地を散策してきましたが……まあ、こんな雰囲気。厳原とか郷ノ浦、西之表なんかに比べると、少々寂しい感じですが、それでも波の音を聞きながら歩くだけで楽しいわけです。
人懐っこい猫と遊んだり、はるかな対岸の花火大会(直径1センチほどに見える)を眺めたり、こういうのもいいものです。

波浮の港へ2016年07月25日 18時24分48秒






というわけで、伊豆大島へ行ってきました。登山系の人を除けば、関西からここへ観光に行く人は少なめだろうと思いますが、熱海からジェット船で1時間かからないので、新幹線を使えば案外それほど遠くはありません(と言いつつ、帰りはものすごい遠回りで帰ってくることになりましたが)。

一番行きたかったのは、有名な波浮の港で、「伊豆の踊り子」に出てくる旅芸人一座のモデルとなった人たちが住んでいたということで知られる場所です。彼らが当時踊りを披露したという「港屋旅館」(写真二枚目)が「踊り子の里資料館」として残るなど、往年の雰囲気が伝わってくる町並みが、なかなか良かったです。断崖の上下に町が分かれていて、高低差が相当ある(踊り子坂という名前がついている)のには驚きましたが。

観光客は我々以外ほとんどおらず、静かな中を散策できました。とにかく天気が良かったこともあって(その割に涼しかった)、きれいな海も見られて、夏の旅行としては文句なしの満足度でした。

アクアマリン/東京砂漠2016年07月30日 20時09分09秒





さて、離島へ行く以上は町並みもいいけど、やはり自然を満喫ということに。僕の場合は、特に海が見たいということになります。伊豆大島の海はさすがに綺麗で、色調補正をしなくても見事にアクアマリン。泳ぐ時間までは取れなかったのが残念です。
宿泊したホテルは、島の中心である元町の一番山側で、オーシャンビューは期待していなかったのですが、実際には町のすぐ向こうはもう海で、上の写真のような風景が見られてこちらも非常に満足でした。同行メンバーたちも喜んでいました。







予想以上だったのは三原山の険しさで、ジェット船から島を見ると、元町市街地のもうすぐ向こうには切り立った山が迫っています。豪雨被害が起きたのもこういう地形だからでしょう。
登山はしませんでしたが、車で行けるところまで上がって、表側と裏側から三原山を見物しましたが、すごかったのが南東側から見た「裏砂漠」という荒れ地で、あれほど広大で何もない風景は今まで見たことがありませんでした。(残念ながら、写真では伝わらないと思います)

さすがにジオパーク、伊豆大島は地形的な荒々しさは相当で、そちらの方面にはそれほど興味のない僕でも面白かったです。ずいぶん昔に伊豆半島への旅行から帰って来たとき、登山やらをやっているらしい職場の後輩に「岩場はどうでしたか」と聞かれて何のことかわからず、話を聞いたら伊豆大島のことだったということがありましたが、クライミングに行く人もいるのでしょう。

なお、大島と言えば踊り子と並んでつげ先生ですが、暮らしていた当時の旅館は現存しないのが残念。「私しゃ大島御神火育ちよ 胸に煙はよ絶えやせぬ」という大島節の歌詞をあちこちで見かけて、「海へ」を思い出すばかりでした。