泊まるのは初めてだった米子2022年11月27日 21時33分22秒


(出雲市駅で買ったかに寿し)

(米子市街)

気付いたら、山陰旅行からもう一か月も経ってました。
間もなく、また旅行支援を使って、今度は静岡へ出かける予定です。
こちらよりは多少暖かいかと思いましたが、残念ながらちょうど気温が下がる日に当たるようです。

さて、山陰旅行の2泊目は鳥取県に入って米子。旅行支援はもう枠がなくて、普通にお金を払います。
松江とか出雲も検討しましたが、島根県内は安めのホテルの空きがなかったのでした。江津のホテルを取った時にすぐに押さえておけば良かったのですが、二泊するかどうかまだ決めてなかったので、失敗しました。
とは言っても、米子は泊まって見たかった町なので、これはこれで良かったのですが(何度も来てるが、いつもちょっと立ち寄るだけだった)

島根の旅行支援クーポンはまだ残っていたのですが、鳥取の米子では使えません。
そこで、出雲市駅で名物の「かに寿し」を買って行って、米子のホテルの部屋で晩御飯として食べました。
米子は大きな町で、県庁所在地の松江や鳥取に比べても遜色ないか、下手をするとこっちのほうが繫栄してるかもというくらいで、飲食店もたくさんあるので、町で晩御飯を食べたい気もしましたが。



翌日は加茂川沿いをひたすら歩いて、川に沿って蔵が並ぶ風景と、その周辺の町並みを見に行きました。
ホテルからは結構な距離だったのですが、町の至る所に歴史を感じさせる建物や風景が残っていて、米子に泊まってゆっくり歩いたのは正解でした。
昔の建物を活用したおしゃれなカフェなどもいくつもあり、町全体に寂れている感じがありません。さすがは山陰の商都だと感心しました。



最後に立ち寄ったのが、米子の少し南にある根雨。
行きの特急で根雨駅に停車した際に「根雨宿」の看板が見えて、「そういえばここも町並みが残ってたな」と気になっていたのでした。

ちょうど時間もあったので立ち寄ったのですが、山あいの川沿いにある小さな町ながら風格が感じられて、「小京都」的な趣もあり、これは正解でした。
やっぱり山陰は良い、とまた確信した旅行でした。

温泉津温泉、薬師湯2022年11月05日 20時45分40秒



(温泉津温泉の町並み)



(薬師湯と屋上からの眺め)

江津に泊まったあくる日の行き先は決まっていて、また山陰本線に少し乗って温泉津温泉へ。

ここももちろん、20年以上ぶり。というか、もう一度ここに来たいというのが、今回の旅行の大きな目的でもありました。
前回来たときはまだ、重伝建地区ではありませんでした。幸い、駅から町並みまでは徒歩で15分ほどの近さなので、楽に立ち寄ることができました。

町並みが素晴らしいのは言うまでもない感じですが、温泉津に来た以上はやはり外湯に入らなくてはもったいない。昔友人たちと来た時も、もちろん温泉に入りました。
幸い、滞在時間も十分だったので、「薬師湯」に入ることに。
平日の午前中だったせいか、他のお客さんは全くいなくて、一人でゆっくりお湯に浸かることができました。

ここのお湯は、かなり熱いのになぜかずっと入っていたくなるという気持ち良さが特徴なのですが、あんまり長くずっと浸かってるとだめと教えてもらい、浸かっては外に出てを繰り返しての入浴でした。
久々の名湯、大満足でした。


「温泉津」の地名の通り、ここはすぐそばに海があります。
駅への帰り際、風に吹かれながら、しばらくずっと眺めていました。

20年ぶりの江津2022年10月30日 13時15分01秒




(山陰本線の車窓)


(江津本町)

申し込み殺到であっという間に枠がなくなってしまった「全国旅行支援」ですが、どうにか島根県の江津で一泊分を確保できたので、旅行に出かけて来ました。

出雲市よりも西側に行ったのは、旧旅行メンバーと行った2001年以来なので、20年ぶり。
この時は浜田に泊まって石見銀山や温泉津などを見たのでしたが、江津は駅前で休憩しただけでした。

18きっぷしばりだった夏の旅行と違い、今回は新幹線と特急2本を乗り継ぐ贅沢旅行でしたが、それでも遥か江津についたのはもう15時前でした。
2本目の特急「スーパーまつかぜ」は非常に空いていて、最前列右側の席が取れたので、ずっと山陰本線の前面展望を眺めることができました。

今回江津を目的にしたのは、以前からずっと江津本町の町並みというのを見たかったからでした。
江の川近くの谷筋にある小規模ながら整った良い町並みで、旧江津町役場の建物なども残り、すっかり気に入りました。
ここは駅前からはちょっと離れていて、かつては三江線(2018年廃止)の「江津本町」駅が最寄りだったのですが、その廃線跡も少しだけ見てきました。
町並みの近くに残る橋脚が、まるで遺跡のようでした。


(三江線跡)

宿泊は江津駅前の中心市街地にあるホテルでしたが、旅行支援のクーポンが使える飲食店が周囲にないらしく、徒歩10分ほどのショッピングセンターが一番近いとのこと。
カフェ兼レストランみたいなのがあるようなので行ってみたら、何と人手不足とかで閉めていて、結局モスバーガーしかありませんでした。

クーポンはおつりが出ないので、高めのとびきり何とかバーガーを食べましたが、おいしかったです。こういう機会でもないと食べることはないでしょう。

静かな国道沿いをぶらぶら歩くのは、それはそれで楽しかったですが、どこも駅前は厳しいことになってきてるなあと改めて思いました。
江津市の人口は今や2万人ちょっとのようです。


(徒歩10分のゆめタウン)

(ホテルから眺める、駅前の中心市街地)


伏見稲荷のライトアップ2022年10月15日 20時31分30秒







先日、伏見稲荷大社の千本鳥居で11年ぶりというライトアップが実施され、せっかくなので見てきました。
本当はいつものメンバー三人が久々に集まって見に行くはずだったのですが、当日に一人が家族の都合で不参加となり、僕と後輩の二人だけとなりました。

三連休の最終日だったので、ものすごい人出を覚悟していましたが、点灯開始直後だったせいか拍子抜けするくらいに人は少なくて、写真も割と撮りやすかったです(帰るころにはさすがに人も増えていましたが)

ライトアップが無くても、夜の伏見稲荷はなかなかにすごみがあるので、もし一人きりでうろうろしていたらちょっと怖かっただろうと思います。

やはりちょっと寒かったので、帰りに熱々のちゃんぽんうどんというのを食べましたが、イベントの後にいつものメンバーと晩御飯を食べるというの自体が久々で、一息つくことができた気がした時間でした。

町並み写真館「金沢」新規掲載&内容更新2022年10月09日 20時01分26秒




本当に長らくずーっと課題のままになっていた、まちなみ街道の町並み写真館「金沢」をようやく全面刷新できました。
重伝建地区になっている寺町台と卯辰山麓を「金沢Ⅲ」として新規掲載し、従来の「金沢Ⅰ・Ⅱ」は写真と文章を全て差し替え。

特に重伝建のうち二箇所が掲載できてないのはかなり気になっていましたが、やるならばすべて更新しようと思っていて、先日の石川旅行で市内各所の再取材もできたのでようやく作業が完了しました。

旅行も本格解禁の雰囲気になって来て、またストックも少し増やせそうなので、取材済み分から少しずつ更新を続けて行くつもりです。もっとも、飛行機を早めに予約しておくようなことが、感染状況が読めないのでどうしてもやりにくくて、本格的に遠くに行くのが難しかったりしますが。北海道とか行きたいんですけどね。

大津祭20222022年10月08日 21時21分40秒







3年ぶりの、というキーワードをあちこちで耳にする今年ですが、こちらも3年ぶりに曳山が建てられた大津祭の宵宮を見に行ってきました。

やはり祇園祭に似ていますが、アーケードの屋根いっぱいまでそびえる三輪の曳山や、祇園囃子よりもハイテンポでノリのいいお囃子を聞いたりしながら歩いていると、ああ大津祭に来たなという感じがして、嬉しくなりました。
何度も来ている大津の街が、普段とは全く違った空間のように感じられるのも楽しいものです。

商店街もさすがにごった返していて、普段からせめてこの3分の1くらいの人通りがあれば、大津の旧市街も活気づくだろうにとは思いました。
もっとも、アーケード商店街である菱屋町や丸屋町の衰退は歯止めがかかっているようで、この数年は特に空き店舗が増えている気配もありません。イタリアンレストランが新たにできたりもしているようです。

大津市自体はまだ成長力もあり、マンションも増えてきているので、新住民が魅力を感じられるような商店街になればいいなと願いつつ、帰ってきました。

チューブ交換、EC-022022年09月29日 20時25分37秒



強めにブレーキをかけたせいではないかと思うが、どうやら後輪のタイヤがパンクしたようで、わずか数日で空気が抜けてしまったEC-02。
バイク屋さんで見てもらうと、昔(10年くらい前のはず)パンク修理してもらった箇所の内部が裂けてきているのではないかとのこと。

さすがにこれはチューブが限界のようなので(見るからにボロボロだった)、もし代わりがまだあれば交換してもらうことにした。
幸い在庫はあったようで、無事に修理完了。気のせいか、走りが力強くなったように思える。これで、まだ戦える。

ニコワン増強2022年09月19日 12時26分49秒








大型台風14号の影響を受け続けの三連休ですが、特に旅行などの予定はなし。
ただ、昨日は会社の後輩や大先輩とお昼を食べて、結局そのまま夜になるまでずっと話をしてました。
後輩の相談に乗ってましたが、入社志望者が不人気で激減していて、まだまだ辞める人も増えそうという深刻な状況のようでした。

この夏はあちこち出かけましたが、どこに行くにもメインデジカメのRX100M6をずっと使いっぱなしで、さすがに酷使しすぎかなと気になり始めました。
あらゆる状況に対応できるオールマイティー機なので仕方ないですが、これが壊れたら代わりのデジカメ(RX100M7)を入手するのはもはやかなり厳しい。ハイエンドコンデジの価格はあまりにも上がってしまいました。

それで、改めて予備の中古ハイエンドコンデジでも買おうかと調べていたら、懐かしのnikon1 J3の中古が1万円を切るような値段で売られているのを見つけました。J3ならコンデジとしての運用が可能です。
もはや生産終了してしまったニコワン、こちらも最終モデルのJ5が壊れてしまうと厳しい状況なので予備機がいるな、とずっと思っていたところでもあったので、さっそく発注しました。

届いた実機は状態も良くて文句なし。J5よりも前のニコワンはRX100に比べると画質いまいち、と思っていたのですが、実写してみると全然1インチ機の写りで、こちらも文句なし。十分メインに使える画質でした。良い買い物ができました。

今日は台風接近でお店が閉まり始めるかも知れないので、すこし早めにお昼に出て通りすがりの店でベトナム料理を食べてきました。
フォーもうまかったが揚げ春巻きがすごいうまかった。店内はおそらく現地の人ばかりでした。

ラスト1回分・廃関跡2022年09月12日 19時20分36秒








石川旅行の後、気温も急に下がって夏も終わった感じでしたが、18きっぷ5回分の最後の1回がまだ残っていたので、台風11号が去るのを待って日帰りで出かけて来ました。

最初は草津線で柘植に出て、そこから関西本線で三重まで行こうと思ったのですが、台風の影響が残っていたからなのか、竹が線路に倒れたとのことで草津線が大遅延。
貴生川で一時間待ち、さらに柘植での接続もどうなるか分からなかったので、貴生川駅前のヤマザキ(コンビニというより、JAの売店)で買ったミニ焼きそばだけ食べて、草津に引き返しました。

結局そこから米原まで北上し、さらに乗り換えて岐阜県に一歩入った関が原で降りました。
特に当てはなかったのですが、一度も降りたことがなかったので、何か見るものはあるだろう程度の感じでした。

旧中山道を西へ向かうと、「不破関跡」という場所にたどり着きました。
9世紀の関所なので、もちろん構造物が残ったりしているわけではありませんでしたが、資料館を見学したところ、周囲の地形などにかなり痕跡が残っていることが分かりました。
関所と言ってもほとんど城のようなもので、かなり広大な敷地の三方を土塁が囲っていたらしく、その跡も発掘調査で判明しているようでした。

関所の西側は、藤古川という川とその川岸の断崖が守りになっていたようで、今もちゃんと川が流れています。
さまざまな和歌にも詠われたとのことで、なるほど夏の締めくくりに訪れるのがぴったりの、雰囲気の良い場所でした。
帰りの電車から見えた琵琶湖の空は、もうすっかり秋のようでした。

久々の金沢、七尾から京都へ2022年08月30日 21時09分50秒

(夜汽車)















18きっぷでの石川旅行の二日目、あまり予定も考えていませんでしたが、小松まで来たのだからやはり金沢に行こうと、さらに東へ進みました。
金沢は一応5年前にも来ているのですが、その時は岐阜の種蔵へ行く途中で、寺町の町並みを見ただけ。その前となるとほぼ10年ぶりでした。

事前の予報も外れて天気も良く、主計町をスタートにひがし茶屋町、卯辰山麓やにし茶屋町など、結局ほとんどの町並みを歩き回ることになりました。
今回はニコン1と超広角ズームを持ってきていたので、町並みの再取材にはぴったりだったわけです。
長町の水路が増水して、濁流が流れていたのは驚きましたが、また前日にかなり降ったようでした。

昼過ぎには金沢を離れ、七尾線に乗ってさらに能登半島方面へ。沿線の風景は、すっかり秋になっていました。
七尾で一時間滞在し、すぐにまた七尾線で引き返したのですが、その時点で17時。で、帰りの電車の中で気づいたのですが、18きっぷで京都まで帰るとなると、その電車が実は終電になるのでした。最速で乗り継いでも、京都着が23:20。
そんなにかかると思っていなかったので驚きましたが、七尾滞在を延ばしていたら帰れないところでした(サンダーバードか、米原から新幹線利用になる)。

しかし18きっぷの旅は、そこからが真骨頂と言っても良いものでした。どの列車も最終の鈍行、たとえ車両は新型でも、夜汽車のような風情のある列車を何本も乗り継いで帰る旅の心細さは、まさに学生時代の旅行を思い出すものでした。