歩道橋の魔術師2016年06月12日 15時24分09秒



一話ずつ、ゆっくり読んでいた「歩道橋の魔術師」(「天橋上的魔術師」、呉明益・天野健太郎訳)を読み終えた。
この本を手に取ることになったのは、梅田のルクア1100にある某おしゃれ系書店で見かけて、表紙に使われている写真の不思議な風景が気になったからだったが、これが解説を読むとどうも好みの内容。その時は買わなかったが、後日京都の書店で購入した。

7~80年代の中華商場(店舗兼住居の、全長2キロに及ぶ巨大な建物で、台北のランドマークと呼ばれたそうだ)を舞台とした連作長編なのだが、マジックリアリズム的なカラーのあるノスタルジックな物語群というのが、まさに好みのど真ん中。比較的抑え目な描写で端正に書かれているが、そもそもの舞台がかなりシュールな物件なので、異空間をさまよっているような気分になってしまう。台湾文学というのは初めて読んだけど、これは出色の出来栄えだと思う。連作形式が好きということもあるけど、この数年読んだ小説の中でもベストの作品だった。この装丁でなければ、存在に気づくことがなかった可能性が高く、よくぞこの写真を使ってくれた、と感謝した。

しかしこの、全く知らないはずの昔の台北が、こんなにも懐かしいのは不思議でもある。恐らく、子供の時に何度も見た、大阪市阿倍野区の風景を連想しながら読んでいたと思う。あちらはシャープで、中華商場はナショナルのネオンだけど。作者は僕と全くの同年代のようです。


「わたしが本当になりたかったのは魔術師だった。でも、マジックをするとき、すごく緊張してしまうので、仕方なく、文学の孤独に逃げ込んだ。」
(巻頭に引用されている、G・ガルシア=マルケスの言葉)