大原三千院、ちょっとだけ雪も2013年02月10日 21時24分47秒





三連休真ん中の今日、特に予定もなかったのですが、ふと三千院でも行ってみようかと思い立って、出かけてきました。
もしかしたら雪も残ってるんじゃ…と思っていたのですが、往生極楽院の周囲にほんの少しだけ残っていました。ここに来たのは2000年の1月以来だったのですが、その時の写真を見ても良く似たような雪の残り方をしています。

今日は初午の大根焚きということで、大根をお出汁で煮込んだものを参拝客に振る舞っていましたが、これがかなり立派な大根で食べ応えもあり、おいしかったです。
(写真はRX100とNikon1V1+18.5mmF1.8にて)

コメント

_ おこちゃん ― 2013年02月11日 00時26分07秒

はじめまして。
工業高校で電気の教師をしていた父が、
酔うとよく「京都~大原三千院」と歌っていたのを思い出し、
タイトルに引かれてお邪魔しました。
でも、ブログを拝見させていただき、何かの縁かなと思いました。
私は岩手県に住んでいます。
住まいは内陸なので、被災地と言っても今は普通に暮らしています。でも、沿岸に住んでいた親戚は家を無くしてしまいました。友人は家族を亡くしました。
3.11の記事を読みましたよ。
あの日被災地は電気が止まり水道が止まり、
氷点下の中、寒くて家族で寄り添って不安な夜を過ごしました。
津波の映像を見たのは数日後です。
その時はこんなことが起きていたんだと知って、恐怖におびえました。
そして天野さんの3月11日の記事を見て、日本中の人たちがこんなふうに見ていたんだと思いました。
復興はまだまだです。先日仮設住宅に住んでいる方が、
1年前と何も変わっていない、と言っていました。
悲しいことです。

せっかくの美しい写真の記事にこんなコメントをしてすみません。
私は京都に何度か行ったことがあります。
何度でも行ってみたいです。
またお邪魔させてください。50代女性おこちゃん。

_ NZ ― 2013年02月11日 21時36分56秒

>おこちゃんさま
はじめまして。
コメント、ありがとうございます。
お父さんが口ずさんでおられたという歌は、デューク・エイセスの名曲「女ひとり」ではないかと思います。実際、大原三千院はあの歌で有名になり、全国区の観光地になったように思います。

岩手にお住まいとのことで、大変な思いをされたのだと思います。
僕も震災の二ヶ月後に旅行で盛岡には立ち寄りましたが、沿岸部の状況は分からないながら、県庁付近に自衛隊の方々が集まっておられ、ヘリコプターが次々発着する様子には緊迫感を感じました。

被災地はまだまだ大変な状況なのだと思います。今も同僚が一人、宮城の被災地に半年間派遣されていますが、厳しい状況だと聞いています。
阪神大震災の時も、神戸の復興まではずいぶんかかりました。一番恐ろしいのは、みんなが被災地のことを忘れてしまうことだと思います。何もできませんが、せめて被災地のことは忘れずにいようと思っています。また岩手にも、旅行で行ってみたいです。
よろしかったら、またこちらの写真などもご覧いただければと思います。

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